元毒親育ちの頑張らない生き方にっき

元毒親育ちで、克服したくてカウンセリングを受けて生きづらさを減らしました。失っていた自信も取り戻しました。ですがキャッシングで借金を作り、貯金ができなくなりました。いよいよこれはまずいと思いお金の勉強を始めました。そしてFP2級を取得したOLが人間関係にも悩みつつ、老後の心配を抱えつつ、試行錯誤しながら自分らしい生き方でお金とか人間関係の話しをしつつ、日々どうやって生きているのか発信していきます。

【毒親】暗い心に差し込んだ光と友達と妹の結婚式への出席に悩んだ2014年5月〜2014年9月

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前回の記事の続きです。
前回の記事はこちら
 
 
 

母以外の家族とも絶縁する
覚悟を決め4月。
5月にはまた彼氏を責めてしまいました。
 
GWに彼は彼父母の実家の茨城へ
帰ると言われ、連休は予定が
入ってない私はなんで?
ぴょん吉は1人になるじゃん!
ひどい!行かないでよと泣きながら訴えました。
 
泣いてどうにかしようとしました。
 
結局泣き落としは通用せず置いて行かれました。←置いて行ってはいないんだよねww
 
毒親育ちの見捨てられ不安の状態でした。
家族全員と絶縁し始めた時だったので、
いつも以上に余計に私は孤独、この世で1人と
思っていたのだと思います。
彼がいないと生きて行けない状態になっていました。

そして5月末、彼が仕事に少しずつ復帰し始めます。
 
私は料理教室で知り合った弁護士さん
コーチングの体験に行きました。
 
この時は仕事を辞めたいし、
何もしたくなく、暗い気持ちで
コーチングを受けました。

が、体験だったにも関わらずこのコーチングのあと、
やっぱり毒親そだちを克服して楽に生きたいと思いました。
 
そのためにはやはり自分1人の力では
どうにもできない、お金がかかっても
一生今のまま死にたいと思いながら
生きていくより全然マシだと決意し、
カウンセラーさんを探し始めました。
 
同じ毒親育ちの人が書いている
ブログを読んで、そこから何かヒントを得ようかなと思いました。
 
ぴょん吉と同じ状況である絶縁をしている
毒親育ちが結婚することは可能なのか?を
知りたくて『毒親   結婚』で捜索したら
2014年7月の始めにの加藤なほさんのブログに
辿り着きました。


その前に6月に妹が入籍したから
両家の顔合わせをするということで
連絡が来たけど無視しました。
 
そしたら同じタイミングで
彼氏に私の母からLINEが入りました。
 
内容はなにかというと
私と連絡が取りたい、妹の式に
出てもらわないと行けないから
話しがしたいとの事。
 
挙句彼氏にも式に
出てほしいとか、私が会わないって
言うなら私の家に行って
私を待ち伏せしようかななどと連絡していました。


まず、まだ私の旦那でもないのに
彼が妹の結婚式に行く必要はないと思いました。
 
そして私は母と話す気はないと言ってるのに
話しがしたいと言ってくることに、
母の自己中加減にうんざりでした。。
 
この時は妹に顔合わせも式にも
出ないからごめんねと連絡しました。
 
彼には母からの連絡は相手にしないで適当にあしらって
もらうことで対応は終了しました。


そして加藤なほさんのブログを
最初からすべて読み加藤なほさんが開催する
毒親育ちが集まるお話会に2014年7月に参加するのです。
 
7月に加藤なほさんのお話会に参加と
お話会後にカウンセリングをしてもらいました。
この時の気持ちはここが最後の砦みたいな
縋るような思いでした。

元々自分から話すのも初対面の人と
話すのも苦手なぴょん吉ですが、
初めてのお話会に参加して
本当に良かったし、楽しかったです。

そのあとの加藤なほさんの
カウンセリングも、
話を深く掘り下げてもらい、
励ましてもらいました。
 
その時に言われた言葉で本当に
嬉しかったのが、
ぴょん吉さんが今までしてきた経験はだから
忘れないようにブログとかに書いておいたらいいと思います」
 

今までそんな風に言ってくれた人はいなかったし、
自分でも自分の経験が宝?なんて思うことは
なかったから嬉しかったです。

そしてぴょん吉はとても単純なので
この時のお話会と初回のカウンセリングで
ぴょん吉はもう変われそうだし乗り越えられる!
というどこからともなく自信が
溢れてきていました。
 
そしてカウンセリングの時に教えていただいた
【自分を許す】課題をやり始めます。
 
自分を許す課題とは、
これまでの過去を綴る記事に度々ぴょん吉
自分を責めている描写が多かったと思います。
 
常に自分を責めてしまっていたのなら、
常に責めた瞬間に自分を許す。という作業を
するのが、自分を許す課題となります。
 
例えば、彼氏をまた言葉で責めてしまった。
と思ったら、『彼氏を責めた自分を許します』と
自分に言います。これを常にどんなことでも
自分を責めてしまったらやります。


でもさっそく2014年7月末に友達から
結婚式の連絡がきました。
 
その時の私の気持ちは自分より先に友達が結婚して
ショック、羨ましい、ぴょん吉
なんで結婚できないんだと自分を責めました。
 
ぴょん吉とその友達はお互い彼氏と付き合い始めた
時期がほぼ一緒だったのでぴょん吉は勝手に先を越されたと
思い込みました。本来は先を越されるとかそうゆうのはないww
 
ご祝儀も払いたくないと思いました。
 
せっかく自信がついてきたのに一気にイライラと
モヤモヤモードになりました。
 
そして結婚式に行きたくないなと思いつつ
でも欠席するのは罪悪感があり、
結局出席する返事はしたのでした。
 
しかも自分がまだ結婚できない
ことで彼に八つ当たりしました。

そしてぴょん吉の誕生日が過ぎて
8月の始め妹と妹の旦那が
ぴょん吉への誕生日プレゼントを持ってくることになりました。
 
これはぴょん吉は無視しようと思ったのに、
妹が彼に連絡をしてしまい、彼からぴょん吉に連絡がきました。
 
ここで無視をしたらまた彼に連絡が行くと思い、
それは避けたかったので誕生日プレゼントは受け取りました。
 
けれど、ぴょん吉は動揺していたし
態度はつっけんどんだったと思います。
 
誕生日プレゼントを持ってくるなんて
何を企んでるのかな?とか去年は何もなかったのに
何で今年は持ってくるの?とか
色々疑い考えました。
 
ぴょん吉にとって妹は当時は母にも私にも
良い顔をするとても調子のいい人で
最重要警戒人物でした。
 
ぴょん吉が妹にしか話してないことを
母親に全部話されたりとかしていましたので、
信用できないことを散々されてきました。

ぴょん吉は今まで家族だからと思って許してきたけど
母親と絶縁してからは妹ともきちんと
一線引くようにしました。
 
妹にハッキリと言いたいことも
言えるようになりました。
 
でも妹なのに家族に対して
こんなことしたり、思ったりするのは
よくないのかもって自分を責めた時も
ありました。
 
私だけこんなことしてて
周りにおかしいヤツとか思われるかも
しれないとか思いました。
 
だけど毒親育ちだと気づいてから
私が出会った人達の中には
『家族でも他人だよ。家族全員が同じことを
考えたり、感じたりすることはあり得ない』
言ってくれた人がいて、その時に
とてもとても心が軽くなりました。
 
ぴょん吉家は妹と母親の考え方が
そっくりで、よくぴょん吉はいじめられ
ていました。
 
そんなつもりないと思うけど、
妹と母両方から責められるのは
本当に嫌でした。
妹との再会、友達の結婚式にもやもやする課題が出てきた
8月でした。
 
再度加藤なほさんにカウンセリングをしてもらい、
自分を許す作業を継続しつつ、友達の結婚式の参加に
関しては気持ちを良いほうに持って行くことにしました。
 
例えばここで式に行けたらぴょん吉すごいね!
とか、いつもと違う服装を楽しめるかも!
とか、ご飯が美味しいかも!とか思うようにしました。
 
そして日々責める自分を許しますを続けて行ったら
友達の結婚式に関してはとても前向きになり
ワクワクしてきました。
 
そして加藤なほさんの二回目のお話会に参加して
友達の式に関して色々思う事ことも話して
シェアしてすごく楽しかったのを覚えています。
 
 
次の記事に続きます。
本日も読んでいただきありがとうございました。